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●住宅業界の『歴史』 パートⅢ

早速、『江戸時代』のお話を・・・・・・・・

江戸幕府は初め

「火災があったら再び建てられる様に、建物は粗末に作っておく」と考えられていました。

しかし、火災は頻発しました。幕府は放置するわけにいかなくなり【火の用心】を奨励。

重要施設を守るため、大名火消を設けました。


明暦の大火【明暦3年1月18日(1657年3月2日)から1月20日(3月4日)にかけて】

死者10万人を超す大惨事が起きました。

これを機に、旗本に定火消を新たに設け、都市改造、市街地の造成が行われた。


ちなみに、

江戸時代中期。江戸の人口は武家50万余、町人50万余、合わせて100万人を超えました。

敷地面積の割合は、武家地66.4%、寺社地15.4%、町人地12.5%と、

人口に比べ町人の生活する敷地面積が、いかに狭かったかが理解できると思います。

庶民の居住環境は劣悪でした。

間口9尺、奥行き2間、3坪1間が繋がる『長屋』が、庶民の住まいでした。

『長屋』は、商いをする商家が立ち並ぶ表通りの裏にありました。

井戸、便所、茶溜(ゴミ溜め)は共同です。

そこで集まる女たちの井戸端会議が端を発し、

【向こう三軒両隣】というコミュニティーが誕生しました。

話を戻して・・・・・・・

8代将軍、吉宗によって大きな変革が訪れました。

【享保の改革】です。(1716~1745年)

『大岡越前』や『暴れん坊将軍』のモデルとなった事でも知られています。


井戸端会議が好きな人、ココに一人居るんです・・・・・・・

ママ

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コレも井戸端会議のコミュニティー?

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