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●住宅業界の『歴史』 パートⅡ

                  りんちゃん


昨日、小児科の先生に診て頂いた結果、りんはインフルエンザB型に感染してました。

りんは学校を一週間休まなくてはなりません。

結構流行っているようですよ、インフルエンザ。予防が大事とのことでした。

気をつけましょう!

ところで、以前 【③大量生産品  ≪住宅の場合≫】で少し住宅業界の歴史をお話しました。


ここではおもいッきり、掘り下げてみたいと思います。

僕は勉強が嫌いでした。

『歴史』は特に嫌いな教科でした。『数学』の様に解き明かす問題は好きでしたが

暗記の教科は嫌いでした。『歴史』は暗記の教科と思っていました。

しかし、違う事に最近気づきました。(馬鹿ですねぇ~)(~_~;)

『歴史』を知らなければ、自分のルーツを知れません。のみならず、相手のルーツ、果ては

思想、哲学の所以をも図り知ることもできません。

しかし、『歴史』を理解すれば、その当時の人物の気持ちを感じ取ることも出来るかもしれません。

なんと素晴らしい事でしょう!ロマンを感じます。

少し長くなるかもしれませんが、お付き合いください・・・・・・

それでは、お話を・・・・・・・・・


時代は約12000年前(紀元前3世紀)まで遡ります。


太古の日本人は狩猟から稲作農耕へ変換し、食料の安定確保を確立しました。

住居も定住生活に移行し、『竪穴式住居』が誕生しました。(縄文時代)

地面に穴を掘り、屋根をかける。雨、風を防ぎ、しかも室内で火も焚けます。

これにより、寝食を室内空間で行えるようになったのです。

まさに日本人の『家』のルーツではないでしょうか!

ここから、時代と共に建築様式、住宅が変貌、進化をしていきます。

平安時代。寝殿造という貴族の住宅様式が出来ました。

寝殿は檜皮葺(ひわだぶき)の屋根で木造の高床式家屋です。

その様子は「源氏物語絵巻」で伺えることが出来ます。

鎌倉時代。武家造という武家の住宅様式が出来ました。

寝殿造を簡略化したもので独自の様式ではない、と言うのが現代の通説です。

室町時代。今日の和風住宅の原型となった『書院造』の誕生です。

書院造とは、床の間(または押板)、違い棚、付書院という座敷飾りを備えたものです。

畳、障子、床の間が住宅に備わるようになりました。

しかし、庶民の町屋は非常に簡素なものでした。

安土桃山時代。天下統一により、城下町が設けられ、町屋、武家屋敷が発展しました。

そして、書院造の系統をくむ数寄屋造が誕生しました。

しかし、書院建築が重んじた格式・様式を極力排しているのが特徴です。

虚飾を嫌い、実を好んだ茶人たちの精神性を反映し、

シンプルながらも洗練された意匠になっています。

江戸時代以降は茶室から庶民の住宅に次第に影響を与え、発展していきます。

竪穴式住居から数寄屋造りに・・・・・・・

礎石の上に柱を据え、梁を複雑に組み合わせる建築様式に発展していきました。

高い技能を持った職人が建築する建物になりました。


次は『江戸時代』です。


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